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法話図書館 【佐藤俊明のちょっといい話】ブログ

平成8年から法話図書館で連載された佐藤俊明(さとう・しゅんみょう)先生のちょっといい話 ブログ版です。携帯電話からも見られます。
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第100話 お地蔵さま
  釈尊が入滅して56億7千万年経つと弥勒菩薩が弥勒仏となってその世に出現される。
 それまでの末法無仏の世界を仏に代って一切衆生を導くようにと釈尊より委嘱されたのがお地蔵さまである。

 地蔵さまは菩薩なので、観音様や文殊普賢様のように頭に宝冠をいただき、瓔珞を身につけ、お堂の中に祀られる方なのだが、僧形をして右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、門のわきや村はずれに立っておられる。 
 錫杖は遊行の道具で、苦しみ悩む者があればどこへでもすぐ行きますということを示すものであり、宝珠は如意宝珠といって、思い通りに宝を出す珠のこと。
意のままに願いをかなえてやり、苦しみを抜いてやる神通力を示したものである。
 それだけに地蔵さまは私どもに親しい身近な仏である。

 地蔵の地とは大地のこと。
蔵は母胎のことで、母親がお腹に子宝を大事に包み蔵することの意である。
 思えば大地は偉大なもので、人間をはじめあらゆるものを生み育てる。
それと同じように地蔵様は一切衆生の母体としてわけへだてなくすべてを平等に一切を救いあげてゆくのである。

      オン、カ、カ、カ、ビサンマエー、ソワカ

 オンは帰命、カ、カ、カは笑い声、ビサンマエーは希有なる尊よ、ソワカは速疾成就。
西有禅師は「オン・ニコニコ腹立てまいぞソワカ」と訳した。
 忘れないために

「おい嬶(かかあ)、紙三枚、そうかい」

とおぼえるのも一興か。
 地蔵のように他に奉仕していつもニコニコして生きたいものである。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 11:53 | comments(1) | - |
第99話 因果応報
  競馬に障害競争があるという。
塀を越える際、3メートルの塀を越えるのに4メートル飛んだのではそれだけ遅くなる。
 3メートルなら3メートルぎりぎりになるべく低く飛んでうしろ足のひづめの半分が塀のへりにしっかりつく、そのようにとぶのでないと優秀な競走馬にはなれないという。
 そこで塀のへりにひづめの半分を載せた時、その足がぐらつかないようにしなければならず、そこが訓練の急所なのだそうだが、塀のへりの土が比較的しめっている場合に得意な馬と反対に乾いた土に強い馬との区別が出てくるそうで、つまり天気の日に強い馬と雨の日に強い馬との別があり、それは単に訓練によってのみ養われるのではなく、その性質は4代くらいまでさかのぼるという。
 ここに競走馬の血統が重んじられるゆえんがあるわけだが、同時に現在の一瞬に因果関係が実によくあらわれている。

 即ち過去の因によって生じた現在の果はそのまま未来に果を生ずる因である。
因は果を生じ、果は因により因果の道理は応然としてくらますことができず、相前後しながら現在の一瞬に摂せられている。
 だから手の舞い、足の踏むところ、すべては因果の律動そのものである。
現にあらわれない心の動きといえども因果の理性を脱することはできない。
 したがって善因には善果があり、悪因には悪果あり、その果は同時に因として果を招くこと応然として明白、これは何人の力をもってしても動かすことはできないのである。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 11:52 | comments(0) | - |
第98話 便所掃除
  ある山寺に一人の学者が泊まった。
翌朝出発しようとしたとき、見送りに出て来た小僧を見て学者はびっくりして言った。

「そなたは昨晩見た時には死相があらわれていて、3日のうちに死ぬる運命だった。それを言ったとてそなたにはなんの利益にもならぬことなので、黙っていたのじゃが、今そなたを見ると不思議なことに80まで生きる顔になっている。そなたは昨晩から今朝にかけて何か途方もない善いことをしたのではないか。包まず話をしなさい。」

小僧は驚いて、
「いいえ、別に善いことはしておりません。」

「いや、なにか善いことをしたはずだ」

「すると便所掃除でしょうか。昨晩便所に行ったらひどく汚れておりました。ああきたないと思った時、ふと母の顔が浮かんだのです。私が赤ん坊の時、母はきたないとも思わず、汚れを浄めてくださったのだと思いました。それで私は便所掃除をしました。そのほかは善いことなどしてません。」

 学者は
「それだ。そのためそなたは80まで生きることになったんだ」
といって合掌して小僧を拝んだという。


 これは今から350年前の人、鈴木正三の「驢鞍橋」にある話です。
 西有禅師は20代の頃、当時有名な手相見から30で死ぬといわれ、それから猛烈な修行生活にはいったがこの話に感動し、爾来便所掃除を欠かさなかった。
 そして長寿はそのおかげと堅く信じていた。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 11:51 | comments(0) | - |
第97話 曼珠沙華の咲くころ
  この間、病いをおして遠くから訪ねて来た知り合いの老人が、「もう会えないだろう」と感慨ぶかげにいうので、名残りを惜しんで羽田空港まで見送った。
 いつもは気ぜわしく乗り降りしている空港だが、その日は見送りでもあり、時間もあったので見送りデッキに登った。
 こんなにひろかったのかと思われる滑走路わきの緑の空気をゆるがせ、爆音高く飛び立つジャンボ機が、澄んだ大空の彼方に消え去るのを見ていると、ふと「ああ、夏も終わったなァ」という感じが頭をよぎった。

 額には汗がにじんでいるが肌にふれるここちよい風はもう秋を告げている。
 夏が去れば秋は日一日とかけ足でやって来て、曼珠沙華が眼にしみるような赤い、妖しいまでの美しさを競うのも間もないことであろう。

 ご承知のように曼珠沙華は彼岸花ともいわれる。
 彼岸とは、現実の此岸、こちら岸に対する理想のことであり、同時にまたその彼岸に到達すべく努力精進することをいうのであり、仏法の一大事は彼岸の二字に集約することができるのである。
 しかし、彼岸の行事はインドや中国にはなく、日本独特のものである。
 きびしい寒さから解放された三月と、酪農の夏を過ぎた九月の、寒暑平均、昼夜等分の春秋二季にこれを設けた私どもの祖先の叡知はまことにすばらしいものである。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 11:50 | comments(0) | - |
第96話 三界万霊
  寺には三界万霊牌がある。
 境内に三界万霊牌の石塔のある寺も少なくない。
 三界とは私どもが生まれかわり死にかわりするこの世界のことであり、万霊とはありとあらゆる精霊のことであるから、三界万霊牌はこの世のありとあらゆる精霊を合祀した位牌のことである。
 どの寺でも三界万霊牌を祀っているということは、我が家の先祖だけでなく自地平等、すべての精霊に供養することの大切さを教えるものである。

 私どもの先祖は二十代溯ると実に百万人を超すのである。
 それだけ多くの先祖の方々がこの世に生存していた間、現に私どもがそうであると同じように、数多くの人々と親しい交流をもたれたことであり、その数は数え切れないものであろう。

 これらの、我が家の先祖と親しい間柄にあった方々のすべてが子孫に恵まれておればよいのだが、すでに子孫が絶えて供養してもらえない精霊の数は実に多いのである。
 そうした恵まれない精霊を先祖と親しい間柄にあったご縁をもって供養してあげることは人間的にみて誠に奥床しいことである。

 それだけではなく、仏教では怨念平等といって敵味方共々に平等であるという立場から戦争の時など敵味方のわけへだてなく供養し、供養塔を建てたのであるが、残念ながら今日はそうしたおおらかさがなくなった。

 せめて先祖供養と共に有無両縁の精霊に供養する施餓鬼の意義を忘れないでほしいものだ。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 11:49 | comments(0) | - |
第95話 お彼岸
 「暑さ寒さも彼岸まで」といいまして、たいへんしのぎよい季節となりました。※
こういうと彼岸とは季節の代名詞であるかのようにひびきますが、そうではありません。

 こよみをみると、
    「緑の週間」
    「愛鳥週間」
    「××週間」
    「○○週間」
と実に多くの週間が設けられてますが、彼岸はそのはしりで、聖徳太子の頃からはじまった修行週間であります。
 修行は毎日欠かすことのできない大事なことですが、お互い生活に追われているのでなかなか思うにまかせません。
そこでせめて年二回、春秋のもっともよい季節に集約的におこない、修行の意義を忘れないように、と設けられたのが彼岸であります。

 彼岸とは読んで字の如く、向こう岸のことであります。仏教では、こちら岸、此岸から彼岸に渡るべく努力することを教えるのであります。
 彼岸に渡るには、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六つの徳目を実践しなくてはなりません。
これを六波羅蜜といいます。
 亡くなった人をあの世に送るとき、六文銭を持たせてやりますが、これは三途の河の渡し賃だといわれます。
三途の河とは貧・瞋・痴という心の三毒のことであり、六文銭は六波羅蜜のことであります。
心の三毒を六波羅蜜で乗り切ってはじめて彼岸に到達できるのであります。
 亡くなってから仏になるのでは遅いのであって、生きてるうちに心の三毒を制して彼岸に悟ることが大切であります。



※ このお話は、昭和63年3月頃に書かれたお話です。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 11:48 | comments(0) | - |
第94話 六道
  六道とは、私どもが生活している心のことである。
 地獄は最低最悪、苦しみの極限の世界、餓鬼はいくらあってもまだ足りない、まだ足りないとイライラ、ガツガツしている貪りの世界、畜生は自分で自分をコントロールすることができず、本能のままうろつく世界、修羅は争いの世界、人間は苦楽相半ばする世界、天上はいわば極楽だが、しかし、よろこび楽しみの長続きしない世界のことで、私どもはこの六道を駆け巡って生活しているのである。

 子供に例をとってみると、野球の試合に勝って意気揚々、天上界に登った気持ちになって家に帰ると、
「こんな遅くまでなにしてた」
と叱られる。
"せっかくいい気分になって帰ったというのに、少しばかりおくれたからってなんだ"と腹を立てて途端に地獄に堕ちる。
挿し絵  しかし、"遅くまで無断で遊んで来たんだから親も心配するのはあたり前だ"と反省して人間となる。
 それにしてもお腹が空いてたまらん。
 戸棚をあけて餓鬼のようにパクついていると妹がやってきて、
「おかあさん、おにいちゃんが・・・」と注進に及ぶ。
「余計なことを言うな!」と蹴飛ばして修羅となる。
 満腹するといい気持ちになって勉強も忘れてグウグウと、コントロールを失って畜生となる。
 このように一瞬一瞬定めもなく地獄から天上までの世界を駆けずりまわっているのが私どもの日常である。
 六つの世界のどこへでも定めなく趣くという意味で六道のことを六趣ともいう。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 17:40 | comments(0) | - |
第93話 涅槃会に思う
  まさに度すべきところの者はすでに度し終わって、大勢の弟子、仏教守護の神々、そして多くの獣物にまで取り囲まれ、嘆き悲しまれて涅槃に入りたもうお釈迦様ほど偉大な別離の光景を演出した方は歴史上かつてなかったし、今後もないことでありましょう。
 この間、80歳の老母を亡くしたお医者さんが、

「それはもうひどいものですっかりもうろくしてご飯をなんぼでも食べるんです。私、医者ですから、つい『そんなに食べるんじゃないよ』といって箸を取り上げたことが何度もあるんですが、それがくやまれましてねぇ・・・」

と述懐しておりました。
 そこで私が

「ワシントン・アービング『スケッチブック』に"人は死別に際してどうしてそんなに悲しむのか。それは永遠の別れということもさることながら、生前のあれ もしてやればよかった、これもしてやってやるべきだったという悔恨の情が人を悲しませるのだ"というくだりがありましたが・・・」

というと、

「そうです。そのとおりですね・・・」

といって涙をふいておりました。


 年々歳々、涅槃会に相逢うて、歳々年々に「遺教経」を読んでは
    「汝等比丘、我が滅後においてまさに波羅提木叉を尊重し、珍敬すべし・・・これは是れ汝等が大師なり・・・」
というお示しに違背している自分の姿を見出し慚愧にたえません。
 亡き母に対するいたらなかった自分への呵嘖が生涯続くであろうそのごとく、お釈迦さまのみ教えのままに生きられなかった歎きは生涯続くことでありましょう。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 17:37 | comments(0) | - |
第92話 人間の好時節
 春、百花あり。
秋、月あり。
夏、涼風あり。
冬、雪あり。
もし、閑事の心頭に挂ることなくんば、すなわちこれ人間の好時節。

 これは、禅門で有名な「無門関」にある偈(詩)です。
 春は百花爛漫として咲き綻び、秋は月が美しい。
 夏は涼しい風が吹き、冬はすがすがしく雪が降る。
 つまらぬことにあれこれ思い煩うことがなかったら、春夏秋冬、いつでも人間にとって好時節である、というのである。
 春夏秋冬、それぞれ趣があって、誠に結構な四季の移り変わりですが、それなのに嘆き悲しみ瞋り、悩むのは一体どういうわけでしょう。
 それは、余計な分別、要らざる計らいがこころの中にモヤモヤしているからで、これさえなければ春夏秋冬いつでもすがすがしい好時節であり、極楽浄土だというのであります。

 では、いらざる分別や妄想をなくするにはどうするのか?
それは一切をみ仏にお任せすることであります。
道元禅師の「正法眼蔵生死」に、

      ただ我が身をも心もを、はなちわすれて、仏のいへになげいれて、
      仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、
      こころをもつひやさずして生死をはなれ仏となる

とありますように、一切を仏にお任せすればおのずからそこに人間の好時節が訪れてくるのであります。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 17:34 | comments(0) | - |
第91話 南無あぶ陀仏
  今から二百年ほど前、風外本高という風変りな坊さんがいた。
 この和尚の絵がまた素晴らしく蛸風外といって世に珍重されている。

 大阪、円通院に住持していた頃の話。
 この寺は破れ放題に破れた荒れ寺だったが、風外は一向頓着もなく坐禅と揮毫に余念がなかった。
そこへ、大阪屈指の豪商川勝太兵エがやってきた。
 彼は大きな悩みを抱えて進退窮し、風外に指導を仰ごうと思ってきたのだった。
 彼は自分の苦しい現況をるる述べるのだが、和尚は真面目に聞いてくれない。
 というのは、和尚は先刻からあらぬ方向を見つめている。
 一匹の虻が障子にぶつかっては落ち、また飛び上がっては障子にぶつかって落ちる。
 それをジーと見つめている。 たまりかねた太兵エ、

「方丈様はよほど虻がお好きと見えますなァ」

というと
「おお、これは失礼」
と言い、

「太兵エどの、よくごらんなされ。この破れ寺、どこからでも外に出られるのに、あの虻、自分の出る処はここしかないとばかりに障子にぶつかっては落ち、飛んではまたぶつかる。
 このままだとあの虻、死んでしまう。しかし太兵エどの、これと同じことをやっている人間も多いでのう・・・」

 この言葉を聞いて太兵エ、グァーンと頭を殴られた思いだった。

「ああ、そうだった。わしはこの虻と同じだったんだ」

と風外和尚の教えを身にしみて感じ取り、厚く礼を述べると、

「お礼はあの虻に言いなされ。これが本当の南無あぶ陀仏だよ」と。
| houwa-sato | ちょっといい話 | 17:30 | comments(0) | - |
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